2020年11月25日水曜日

【特別掲載】没後50年・「美しい星」を通じて見る三島由紀夫と空飛ぶ円盤

本稿は2017年発行の同人誌「UFO手帖 2」に寄稿したものだ。
今日2020年(令和2年)11月25日は、1970年に三島由紀夫が市ヶ谷駐屯地で自害してから50年目にあたるため、若干加筆修正をした上で特別に公開することにした。

三島由紀夫の円盤小説「美しい星」が今年(2017年)5月にリリー・フランキー主演で映画化されたので、原作について私見を披露してみたい。
思いっきりネタバレしてるので、あらかじめご容赦願いたい。

物語

重一郎の出身星とされる火星
(筆写撮影)
話の舞台は1960年夏~1962年5月頃。(連載は雑誌「新潮」1962年1月号〜11月号)

統一感に欠けた、まやかしの繁栄と平和を享受するこの世界に安穏と暮らしている自分への苛立ちを覚えていた大杉重一郎は、空飛ぶ円盤を目撃する。それを皮切りに息子の一雄、娘の暁子、妻の伊余子も相次いで円盤を目撃し、自分達が太陽系の別々の惑星から来たと意識する。
一家は堕落した人類を宇宙人の立場から救済すべく宇宙友朋会うちゅうゆうほうかいを設立し、平和活動を開始する。

仙台で一緒に円盤を目撃した羽黒、曽根、栗田も、白鳥座の星から来た宇宙人であるという認識を共にする。「リア充爆発しろ」な3人は「水爆で滅びることが人類のため」という考えのもと陰湿な鬱憤晴らしに興じ、重一郎の活動を苦々しく思っていた。

暁子は石川県の海岸で、同じく金星人を名乗る美青年、竹宮薫とともに円盤を目撃する。その後、暁子の妊娠が判明。当人は処女懐胎と信じるが、竹宮は偽名の女たらしで、騙されていたことがわかる。
一雄はより現実的に世界を変えるべく保守政治家の黒木に接近する。羽黒らと「同郷人」であった黒木に父が火星人であるという秘密を明かしてしまうが、用済みと捨てられる。

突然重一郎のもとに羽黒ら3人が訪れ、人類についての大激論を交わす。羽黒達の悪意に精根尽き果てた重一郎は、末期ガンにおかされていることがわかる。
病室で宇宙人からの声を聞いた重一郎は、抜け出して家族とともに円盤の待つ丘へ向かう。そこには銀灰色に輝く円盤が着陸していた。

考察

重一郎の円盤目撃日はいつか

ソ連による50メガトンの核実験(1961年10月30日)の前年の夏ということで、1960年となる。その夏の満月に近い晩で、暁子の学校帰りの目撃が平日になるように考えると、重一郎の目撃日は7月8日(金)から9日(土)にかけての晩と思われる。その夜は月没が午前4時51分なので、真夜中ずっと月明かりが地上を照らしていた。
冒頭のシーンで家族が見た夜空
ステラナビゲータ11でシミュレート
また冒頭で一家が揃って円盤到来を待つシーンは、新月の翌朝ということで1961年11月9日午前3時53分頃からだ。

重一郎が円盤にハマったのはなぜか

重一郎は円盤を目撃したから円盤狂いになったのではない。この世界と自分に苛立ちを感じていたところに円盤の話を聞き、吸い寄せられるようにはまり込んだのだ。
明確には書かれていないが、宇宙人を神や仏のような存在として、圧倒的な科学力と超越した倫理観をもたらし、人類を目覚めさせ導いてくれると信じたのだろう。AKB48が会いに行けるアイドルなら、実在するかもしれない円盤と宇宙人は会いに行ける神様、MajiでSugareる生き仏様なのだ。重一郎のような人や地球の男に飽きた女など、こじらせた方々がこれにハマらないわけがない。三島自身も同じ理由で円盤に熱をあげるようになったのだろう。重一郎は三島の分身のようなものだ。
重一郎達をコンタクティじゃなく宇宙人(と思い込んでる人達)にしたのは、人間のしがらみから解放して、人類の問題を俯瞰させるためだろう。

目撃した円盤は本物だったか?

重一郎は夢うつつだったし、他の家族も立て続けに目撃するという不自然さがある。日頃の重一郎の話で信じやすい精神状態になっていて、普通なら気にも留めない飛行機や鳥、まつげのゴミなどを円盤だと思い込んだ可能性もある。
仙台の3人は、泉ヶ岳の背後に見え隠れする円盤の機械的構造や回転しているのが見て取れたというが、目撃場所からは25kmも離れており、そんな仔細が確認できるはずがない。何かが飛行していた可能性はあるが、円盤であってほしいと願ったことから鳥の群れや雲などをそのように思い込んだのではないか。泉ヶ岳の先にある桑沼から発生した沼地ガスが、何かのきっかけで燃えたものを誤認した可能性も捨てきれまい。

なぜそれぞれ星の意識に目覚めたのか

大杉家の人々はそれぞれが太陽系の惑星出身という少々安易な設定であるが、これはコンタクティーのジョージ・アダムスキーが「太陽系の惑星にはそれぞれ宇宙人が住んでいる」と言ったことをモチーフにしていると推測される。美しい暁子は、美の女神であるビーナスを英語名に持つ金星だ。

仙台の3人の出身星とされる白鳥座61番星は、実在するがマイナーな天体である。二つの星からなる連星で、地球からの距離は11.4光年と近いが光度は5等程度と暗い。観測精度が低かった頃は惑星が存在する可能性が指摘されていたので、設定上好都合だったのだろう。
白鳥座61番星の位置
ステラナビゲータ11でシミュレーション
連星である白鳥座61番星の拡大
ステラナビゲータ11でシミュレーション
他の国内外の作品にも使われており、例えば帰ってきたウルトラマンの第45話「郷秀樹を暗殺せよ!」には白鳥座61番星人エリカなる少女が登場している。
ヒル夫妻事件のレティクル座ゼータ星のようには、一般的に広まらなかったようだ。

黒木は何者?

保守政治家として三島の考えを投影していると思われるが、物語の中での位置付けがはっきりしない人物である。
羽黒達3人と同郷の宇宙人らしく、重一郎のことも宇宙人ではないかと勘づいているが、対決は羽黒らに任せているし黒幕という感じでもない。
近い将来訪れる太平洋文明の時代において日本が中心となり、その先の世界連邦樹立につなげるという壮大な夢を抱いており、人類滅亡しろと考えている節は見られない。

竹宮の名前

竹宮が住んでいた武家屋敷街(筆写撮影)
実は金星人でもなんでもなかった偽名の竹宮薫だが、実は「健軍」と書いても「たけみや」と読むことに気づいた(そのまま「けんぐん」と読むことが多い)。健軍には神話に由来した国土防衛の意味合いがあるようだ。
武家屋敷に住む仲間の宇宙人と思った男が、安宿に下宿するニセモノだったというのも、日本人や自衛隊がニセモノだという三島の皮肉なのだろう。

仙台の3宇宙人との激論

70ページ近くにわたる激論のシーンだ。互いに抽象的で難しい理屈をつけているので、ここで挫折する読者も多いと思う。
要するに仙台の3人は、このまま行けば人類は水爆で自滅するんだからさっさと安楽死させてやれと言っている。人類を愛しているゆえだと言うが、根底に悪意があることは明らかだ。
それに対し重一郎は人類の愚かさには共感しつつも、人類は自滅を回避することができるのではないかと望みを持っている。
おそらく三島も人類に対してあきらめの念はあったと思うが、仙台の3人を陰険な悪者に描いていることから、この頃はまだ未来に淡い期待を持っていたのではないか。

ラストシーン

そこには銀灰色の円盤がすでに来ていたとされる。しかしそれははたして本当に円盤であったか? 疲れ果てた一家が円盤の到来を期待するあまり、先にある街灯りなどを誤認したか、集団幻覚を見たのではないか?
あの後どうなったかは読者まかせのところがあるが、正気に戻ると目の前に円盤の姿はなく、残酷にも何も解決していない現実と再び向き合うことにならなかったか。
憲法改正と自衛隊の蜂起という起死回生の空飛ぶ円盤に望みを託し、あの日市ヶ谷駐屯地の屋根の上に立った三島の悲哀と重ねずにはいられない。もしかしたら大杉一家も命を絶ってしまったのではないかとさえ思う。
小説の中で宇宙人的俯瞰から人類の問題を考えることを試みた三島が、最後は日本という小国にこだわって自決したのは皮肉だ。黒木が言うように世界連邦の前にまず日本からという思いはあったにせよ、熱望した円盤、宇宙人に会えない失望がスケールダウンさせたのだろうか。仮に神のような宇宙人が本当に人類の前に姿を現していたら、三島はその後も日本という国にこだわり続けただろうか?
「自分たちが地球からいなくなったら残った人間はどうなるか」という心配に、重一郎は「何とかやってくさ、人間は」と答えている。自決する前の三島は同じことを考えただろうか?
三島の保守思想そして円盤観を抜きには、この物語を正確に把握することはできまい。

三島は円盤を見たのか?

何度観測を試みても現れてくれないため、空飛ぶ円盤とは一個の芸術上の観念であると思うようになり、この物語を書く動機になったという。ただし、1960年5月に自宅屋上で夫人とともに葉巻型円盤らしきものを目撃したとも言っている。それが実際にエイリアンクラフトであったかどうかは定かではないし、彼がそれで満足したとも思えない。

美しい星マップ

円盤に関するキーワード

マンテル大尉事件

重一郎が円盤に関心を持つきっかけとなった事件で、「信憑性に疑いの余地がないように思われた」と言っている。
円盤目撃の通報を受けて追跡を命じられた米空軍のトーマス・マンテル大尉が、海軍が極秘に飛ばしていたスカイフック気球を誤認して高空まで上昇し、酸欠で意識を失って地上に墜落死した。当時は初めて円盤によって死者が出た事件として問題になった。

トリンダデ島事件

トリンダデ島事件の写真
重一郎が講演会でスライド上映した円盤写真が撮影された事件。写真家のアルミロ・バラウナが、南大西洋のトリンダデ島で土星型円盤の写真を数枚撮影。ブラジル大統領が本物の写真として公開して話題となる。
しかし飛行機を写したものをバラウナが修正したインチキだったとの見方が有力。UFOに興味を持った大統領が、当初より否定的だったブラジル海軍の意向に反して勝手に発表してしまったものであった。

宇宙友好協会

重一郎が設立した宇宙友朋会のモデルのひとつ。英語名をCosmic Brotherhood Association、略してCBAといい、航空ジャーナリスト松村雄亮氏らによって1957年に設立。
後にカルト団体化し、「地軸が傾いて気候変動からくる大災害が起こり、宇宙人の忠告を信じた人だけが救われる」という終末論に基づく活動がマスコミで騒ぎになる。大企業も巻き込んだ一連の騒動は日本UFO史の暗部と言われる。
緊急時に会員を招集するためのメッセージは「リンゴ送れ、C」。Cはカタストロフィ(大変動)のことだという。
終末論騒動は、フランス文学者の平野威馬雄氏(雑な料理を作る料理愛好家として人気の平野レミのパパ)らの内部告発によってひとまずの終結を見る。
1964年から北海道平取町にUFO神殿ハヨピラを建設するが、松村氏の発病から活動は衰退し、会は消滅する。
小説の連載が1962年なので、三島も騒動を知っていただろう。宇宙友朋会も続いていたら人々の不安を煽ってカルト化しただろうか?

日本空飛ぶ円盤研究会

1955年に荒井欣一氏によって設立された日本初のUFO研究団体。初期の会員に著名人が多く、後に都知事になる石原慎太郎や、日本のロケット開発のパイオニアである糸川英夫博士らも参加していた。三島も1956年に入会し、会員番号は非常に早い12番。UFO観察会に参加するなど、ひと頃はかなり積極的に活動していた。
大杉家がソ連のフルシチョフに核実験中止の手紙を送る場面があるが、これは1957年に、ソ連が月に原爆を積んだロケットを送る噂があったため、会が月面にUFO基地がある可能性をソ連大使に訴えたことモチーフにしたものではないかと言われる。

金沢舞台めぐり

暁子と重一郎が竹宮に会うために訪れた石川県金沢市。筆者も用事で訪れた際に舞台となった場所を巡ってきた。小説の中ではかなり具体的に描写されているので、三島が実際に取材したことがうかがえる。

内灘海岸

内灘海岸の水平線に見える船灯り(筆写撮影)
暁子が竹宮と円盤を目撃し、ナニされてしまった場所。金沢市内から電車で北に向かった先にある。
朝鮮戦争当時の1952年、米軍の砲弾射撃訓練場の建設をめぐって反対派運動があった。米軍による接収は1957年まで続いた。
金沢を舞台に選んだのは暁子に語らせているとおり、かつて人間同士が争い、現在は平和な防風林が植林される対照的なこの地で、平和のメッセージとして円盤を目撃させたかったからだろう。ただし直後に竹宮にそれを否定させているので、円盤が平和の使者という認識に対しての疑いも感じられる。
夜、遠くに見える船の灯りがUFOのようにも見え、おもしろかった。
隣の羽咋市は現在UFOで町おこしをしているが、そこの「そうはちぼん伝説」が頭にあったかどうかはわからない。

狸茶屋

New狸のサイコロステーキ(筆写撮影)
暁子と竹宮が昼食をとった洋食屋。金沢市の繁華街、香林坊にかつて実在したが、現在はそこで修行したコックが小立野町でNew狸という店を開いている。サイコロステーキをいただいたが、上品な味で美味しかった。

尾山神社

尾山神社の神門(筆写撮影)
暁子と竹宮がデートをした場所。

石坂

住宅街に赤線地帯の名残を残す石坂(筆写撮影)
赤線の頃の名残と思われる飾り窓(筆写撮影)
失踪した竹宮を追って重一郎が探し歩いた地域。小さな川を挟んで旧赤線地帯の石坂(いっさか)と、高級な茶屋街(芸妓がもてなしてくれる店)が隣接している。
石坂はその後は歓楽街となった。小説の舞台もその頃であろう。現在も数は減ったが、普通の民家に混じって性産業の仲介をしているらしき怪しげな店が多数ある。

仙鶴楼

仙鶴楼のモデルと思われる山錦楼(筆写撮影)

暁子が宿泊した名高い宿・仙鶴楼のモデルは、犀川沿いの料亭・山錦楼だろう。
木造の建物は非常に趣がある。山錦楼は宿泊はできないと思う。

参考資料

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