2015年11月8日日曜日

介良事件

1972年8月25日〜9月下旬/日本/高知県高知市介良(けら)
Kera, Kouchi-shi, Kouchi-ken, Japan
(少年達の記憶が曖昧なため、8月25日が正確かどうかはわからない)

概要

証言をもとに作られた模型
「UFOと宇宙」より
中学生達が小型UFOを何度も捕獲し、そのたびに消え失せるという前代未聞の事件。
甲府事件と並ぶ、日本の二大UFO事件。

詳細

事件の経過

捕獲と消失を繰り返す小型UFO

目撃者の少年達
一番右はUFO研究家の池氏
UFO事件史上まれに見る奇妙なこの事件の経過を、順を追って見ていこう。
資料自体が時系列にそっていないものが多く、内容に多少の相違があったものをまとめたものであることを、あらかじめご容赦願いたい。
遭遇現場を指差す少年
  1. 夏休みも終わり頃の8月25日(頃)の日没後の夕方(午後3時過ぎという資料もある)、横堀団地近くの田んぼを飛び回る円盤型の小型の物体を、初めて目撃。目撃者は介良中学2年生のS君とM君の2人(資料によっては3人)。最初はコウモリが飛んでいるかと思っていたが、発光し、瞬間移動するように飛び回っていた。
  2. その後2〜3回、そんな光景を目撃する。着陸していたUFOにブロックをぶつけたり、振ってみてガラガラという音がしたために逃げ帰ったこともある。
  3. 9月上旬の夕方、横堀団地の北200mにあるゴルフ練習場の近くに落ちている小型UFOを発見。発見者はS君、K君、M君兄弟の4人。UFOは2〜3秒間隔で青い光が明滅していたため、怖くなって逃げ出した。30分後にF君を誘って再び訪れたが、UFOはいなくなっていた。
  4. 2〜3日後、M兄弟とF君、S君の4人が、田んぼの上1mほどに浮かぶUFOを発見。UFOは左回転して底と縁から光を放っていた。向かってくるような気がしたため、逃げ出した。
  5. 3.の3日後(もしくは4.の4日後)、K君とM君が田んぼのあぜの横に着陸しているUFOを発見。K君が5mくらい近くから写真を写したところ、ストロボを焚いた瞬間1.5mほど飛び上がったように見え、怖くなって逃げ帰る。(この時の写真が図4の写真かと思われる。オリジナルはカラー写真だという。)
  6. 9月14日、M兄弟とK君が、UFOに上から布をかぶせ、水をかけ、ブロックを投げつけて逃げた。水をかけたのはUFOが雨の日に現れなかったので、水に弱いと考えたため。
    夜の事件現場
    奥に光るのはゴルフ練習場の照明
    1. 9月15日朝、昨日の3人が登校前に見に来て、そのままになっているUFOを確認。放射能を恐れて布に包んでこわごわ持ち帰った(F君、H君、O君らを加えた9人という資料も)M君の家に保管したようだが、学校に行っている間の記述がないので、その間に消えることはなかった模様。
    2. M兄弟の家に持ち込まれたUFO。F君も呼ぼうということになり、厳重に布に包み、座布団で押さえつけて少年達が呼びに行く。M弟君とS君がマンガを読みながらその間監視していたが、異常は見られず。しかしF君を連れてくると中のUFOだけが消えていた
    3. その数時間後、M兄弟の家で遊んでいたO君が、窓から落ちたボールを取りに外に出たところ、UFOが道端に落ちていたので再び捕獲。
    4. 唯一撮影された写真
      撮影者はおそらくK君
    5. そしてUFOの検査や実験をした。メンバーはM兄弟、O君、S君、K君の5人
      1. UFOは大きな煙草盆を逆さにしたような形で、表面は鋳物のような鈍い銀色。裏側に奇妙な模様。KJ君が寸法を測る。重さは1.5kgであった。
      2. 破片を取ろうと、文鎮で思いっきり叩いたが壊れなかった。(傷ひとつつかなかった)
      3. 底部の穴から中を見ると、ラジオのような部品がびっしり詰まっていた。
      4. 裏側の丸い穴から水を入れると、ジージーという虫のような音を立てた。量はやかん2杯分で、それでも水はあふれなかったという。
      5. (おそらく水を入れた後)再度底部の穴から中を見ると、紙か糊かわからないようなヌメヌメのものが見えた。【1975年の矢追さんの番組より。研究家・池氏証言】
      6. 穴にエナメル線を通し天井にぶら下げると、丸い裏蓋が開き、無線機の道具のようなものが見えた。
      7. 蓋を閉めようとしたが10度ばかりを残してどうしても閉まらなかったが、放っておいたらいつの間にか閉まっていて、ドライバーでこじ開けようとしても開かなかった。
      8. この日かどうかはわからないが、エナメルを塗って印を付けておいたところ、再び捕獲されたUFOに同じ印が付いていた。
      9. 電子レンジで焼いてみてはどうかとの意見もあったが、母親が「そんなことをしては食事が食べられなくなる」と言ってやらせてくれなかった。冷蔵庫に入れたら長持ちするんじゃないかという意見も出たという。
      10. その他、資料によっては以下のようなことも伝えられているが、真偽は不明である。
        1. 中からもくもくと綿のようなものが出てきた(上述の糊のようなヌメヌメのものが表現を変えて伝わったのだろうか?)
        2. 捕獲したUFOをあらためて写真撮影したが、シャッターが下りなかった(もしくはピンボケにしか写らなかった)
    6. 底面の模様
      和風なのが特徴的
        その後、ナップザックに入れて交代で背中に背負い、高知市に買い物に行くのに持っていった。夕方、家の前でナップザックを降ろすと、すでに軽くなっていて、中から消えていた。
      1. 日付不明。MとKJ君がF君の家に来ると、UFOはピョンと動いて塀に当たり、上に飛び上がった。まるで意思があるかのようだった。
      2. K君の家に持ち込んだ時、ナップザックから消えていて、だまされたと思ったK君と口論になった。薄気味悪くなって、空のナップザックは田んぼに捨てて帰った。
      3. しばらくしてナップザックが気になったK君が確かめに行くと、中でホタルのように明滅しているのが確認できた。その様子を、K君は母親にも見せた。2階に持って行って5分ほど後、UFOが消えているのに気付いてK君が「お母ちゃん、逃げた!」と母親に声をかけ、ナップザックを逆さに振った。(友人宅に運ぶ途中に消えたという資料もあるが、2階でその準備をしていたのかもしれない)
      4. タンスなどの中に厳重にしまっておいたのがいつの間にかいなくなり、翌日の夜に再び田んぼに戻っているということが続いたという。
      5. また何度も大人に見せようとしたが、いたずらだと思ってまともに取り合ってもらえなかった。
      6. 9月下旬、UFOを最後に捕獲した時、西高校に勤めるF君の父親に見せた。父親は、「直径20cmくらいの鋳物製のタバコ盆のような感じで、外を銀色に塗ってあり、穴の中が光っていると言われたが、見た時は光っていなかった」という。結局「これは煙草盆を造る時に使う鋳物だ」と言って、どうしても信じてもらえなかった。
      7. 自転車でKJ君の家に運ぶ際、UFOを針金でぐるぐる巻きにし、ビニールで包み、M弟君の腕に縛り付けておいた。M弟君が二人乗りの後ろに乗っていたところ、入れておいた袋ごと引っ張られ、自転車から転げ落ちた。調べると中のUFOだけがいなくなっていて、針金もビニールもそのままだった。
      8. 「ビニールの中に、UFOから出てきた鉛筆くらいの生物が残っていたような気がする」という証言もしているが、ちゃんとビニールを調べたのか、単なる期待半分の想像なのかは不明。
      9. (この約1週間後、近所で比較的高い位置に浮かんでいるそれを目撃したのが最後だという資料もある)
      10. その10日ばかり後の土曜日、関つとむ氏(アマチュア天文家でイケヤ・セキ彗星の発見者)が出演している高知放送の昼間のラジオ番組に、F君が電話連絡。番組後、関氏は土佐市に住むアマチュア天文仲間でUFOにも関心が強い池幸一氏に調査を依頼。夜遅くになって池氏から取材内容を聞いて背筋を冷たくした。
      11. 10月中旬の夜、関氏が現場を訪れ、F君の家で目撃者の少年達9人とその父兄に取材をした。少年達は皆勉強がよくできる真面目な生徒で、事件がいたずらだとは思えない印象だった。
      12. その後、関氏がこの事件のことを天文雑誌に掲載。それを読んだ日本テレビ「11PM(イレブンピーエム)」のプロデューサー(プロデューサーという肩書きが正しければ、矢追さんではないと思う)が番組で取り上げ、全国的に知られることになったという。
      13. 10月26日午後6時30分過ぎ、F君の母親が保育所から娘を迎えに行った帰り道、北の空から低空を飛んで来る小型のUFOを目撃。輪の中に半球を入れたような形で、底の半分を赤と青に点滅させ、音もなく上下にふわふわと揺れながら、ゆっくりと南の介良富士の方へ飛び去って行ったという。

      その他の情報

      関つとむ氏の感想

      真っ先に事件を取材した関つとむ氏による懐疑的検証によれば、最初の頃に見えた空を飛ぶUFOは、何度か捕獲されたUFOとは別に、当時あったゴルフ練習場の照明を浴びた鳥などがそう見えたのかも知れないと言う。
      現場付近はその昔「しばてん」というカッパに似た妖怪が出るという伝説がある所で、当時は夜は誰も通らなかったという。

      志水一夫氏の感想

      研究家の志水一夫氏らが少年達に取材した時、UFOの形をめぐって少年達が口論になるなど、口裏を合わせたような素振りがなかったので、本当に何かあったのだという印象だったそうである。

      遠藤周作の取材

      この事件は当時テレビ等でも大きく取り上げられ、作家の遠藤周作がわざわざ四国まで行き、「ボクは好奇心のかたまり」というエッセイに書かれている。

      2ちゃんねるの匿名情報

      後年、公の仕事のために現地を取材をしたというエンジェル・パスと名乗る人物による2ちゃんねるの書き込みによると、「UFOなんかが出た土地は地価が下がる」などの大人の理由から、現地ではあまりこの事件が騒がれるのを良しとしない空気があったそうである。

      他の事件にも共通して言えることだが、資料によっては細かな点が異なっていたり、書かれていなかったりする。後付けに尾ひれがついた情報もあるのかも知れない。
        
      《左》事件発生当時真っ先に取材をした関つとむ氏の本
      元々は天体についての本であり、介良事件については「怪天体あれこれ」として、約7ページにわたって書かれている。

      《右》介良事件を取材したことが書かれている遠藤周作のエッセイ
      他にも霊媒師や座敷わらしの話も。そうしたオカルト系のエッセイは少しだが、他の話もユーモアがあって面白い。

      1975年の矢追さんの番組

      資料にした矢追さんの番組。木曜スペシャルだという。
      どなたかがYouTubeにアップしてくださっていたのを発見したので掲載する。(このページへのリンクも貼られています)

      海外のブログでも紹介されている

      MYSTERIOUS UNIVERSE/The Bizarre Case of the Kera UFO Encounters

      現場地図

      当時の現場付近の航空写真

      事件から3年後、1975年(昭和50年)に撮影された現場一帯の航空写真。

      国土地理院のオリジナル写真(国土画像情報カラー空中写真は平成26年3月で閲覧を終了したが、かわりにこちらのサイトで閲覧できるようになった)

      現在の現場付近の地図

      より大きな地図でUFO事件マップを表示
      ゴルフ練習場は現在「サニーマート共配センター」になっている。
      また、北北東には煙草盆説を裏付けるような鋳物工場がある。

      考察

      有名な事件なので、最近に至るまで様々な資料が本、テレビ、研究団体の報告書などを通じて提供されている。
      しかし時系列にそって並べてみると、細かな相違点が多く、どの情報を信じていいのかわからないのが感想だ。
      むろん「小型UFOを捕獲して逃げられた」ということ自体は共通しているのだが。警察のようにしっかりとした組織が調べたわけでないので、その点はいかんともしがたく、残念だ。
      いろいろな情報をできるだけ重複しない形で時系列にそってまとめてみたが、書かれているのが全て正しいという保証はできないので、あらかじめ了解願いたい。

      肯定的仮説、懐疑的仮説

      もしこの事件が事実であれば、小型UFOは無人の探査機か何かだったのではないかいうのが一般的な説だ。
      こんな田舎で何を探査しているのかははなはだ疑問ではあるが。人目を避ける必要があるなら、もっと人が来ない山の中でもいいし、少年達に捕まったらもう同じ場所に現れる必要はない。何かあの場所でなければならない特殊な事情でもあったのだろうか。
      SF的な考え方になるが、次元の割れ目や時空の割れ目といったものがあの場所にあって、そこからしか元の場所に戻る術がないために、それを探してウロウロしていたのかも知れない。

      写真が一枚しかない点

      田んぼにいたUFOを撮影したが、不鮮明なこれ一枚以外に写真がないらしいのが悔やまれる。
      再び撮影しようとしたがなぜかちゃんと撮れなかったという、EM効果をうかがわせる話を書いている資料もあったと記憶しているが、他の信頼に足る資料中にはその記述がないので、唯一の写真がピンボケ気味だったことをもとに、後で話に尾ひれがついたものではないかと疑わしい。
      もし再撮影が行われていなかったとすると、なぜ再撮影しなかったのか疑問が残る。一人が写真を撮れなかったとしても、9人もいるのだから、他の誰かが別のカメラで日を変えて何度も撮影を試みるはずではないか? その撮影でもやはり撮影できなかったんだろうか。

      デジカメ全盛の今ほどではないものの、その当時でさえカメラを所持している人は多かったと思うので、他に誰も持っていなかったということは考えづらい。
      ただし、カメラやフィルムは今よりずっと高級品だったので、子供がそんなに手軽に使わせてもらえなかった事情も考慮すべきではある。

      写真のネガを「調査する」といって持って行ったまま行方不明になった人物がいるという話もどこかで聞いたが、手持ちの資料には記述がないので、本文中で触れなかった。事実なのか話に尾ひれがついたものなのか、慎重に調べる必要があるだろう。
      MIBっぽくも聞こえるが、単に迷惑なUFOマニアのしわざかもしれないし、証拠隠滅のための嘘かもしれない。

      後述する西本という方の取材によれば、父親の一眼レフに不慣れだったことも手伝ってフィルムを入れ忘れてしまったため、撮影に失敗したのだという。
      フィルムを入れ忘れたのなら、入れてもう一度撮ればいいのだが、「フィルムを入れ忘れたことにして」、「撮影に失敗したことにして」写さなかった疑いはないだろうか。

      不思議な現象は全員が目撃したのか?

      そもそも9人全員がUFOの不思議な現象を目撃していたのだろうか?
      飛んで光って姿を消し、写真にも写らない、というUFOを実体験したと証言をしている少年達と、飛びも光りもしないそれを、ただ見ただけで信じ込んでしまった少年達とがいないだろうか?
      もしそういう事実があったのなら、底面の模様からして、煙草盆かどうかはともかくも、何か和風な物の鋳型もしくは製品を使った、一部の少年によるいたずらという説も考えうるのではないか。

      注意していただきたいのは、あくまでも不完全な情報を基にした筆者の机上の仮説である。たとえばこの仮説だけでは、K君の母親がナップザック越しに見たUFOの明滅などは説明できない。(ナップザック越しで直接物体を見ていないようなので、こじつけようと思えばできないこともないが)
      何度も大人に見せようとしている点も、単に友達をだましたいだけだったら不自然だ。(不思議な現象を目撃していないのに信じ込んでしまった、だまされた側の少年による行動なら合点はいくが)

      リーダー格だったM兄少年は、手品が上手だったという。
      一口に手品といっても簡単なものから難しいものまで種類も様々だ。中学生レベルで「上手」なのと、「プロ並みに上手」なのもまったく違う。
      田舎の中学生が友達を前にして、物体浮遊や消失の手品をばれずに演じられるのか疑問であるから、「手品少年がみんなをだましていた」説にも慎重になりたい。

      日本で起こった事件で、被験者も存命中なのでちょっと書きにくいが、このサイトの公平性を考えて他の事件同様に懐疑的な説も述べてみた。関係者の皆さんが気を悪くされないよう願いたい。
      事件が本当なら興味深いし、本当でなくてもそれはそれで興味深いものなのだ。
      マスコミや野次馬にうんざりしたのかどうか、現在、被験者たちの口は一様に重いという。

      灰皿説が有力?

      一般的煙草盆
      このUFOは前述のとおり、波に千鳥という極めて日本的な模様に似た模様が描かれていることもあり、煙草盆(たばこぼん)もしくはその鋳型ではないかという説が語られている。
      そもそも煙草盆とはどういうものか? 調べてみると、江戸時代後期に一般化された、煙管(キセル)を吸うためのセットのようだ。
      火入れという炭火を入れる器と、灰吹というタバコの灰を捨てる灰皿部分からなる。
      この写真のようなものが一般的で、左側が火入れ、右側の筒が灰吹になる。

      これではどこがUFOの形だかわからないが、検索するとこのようなものも見つかった。この右側の金属製の灰皿が、逆さにしたUFOを思い起こさせる。
      UFOに似た灰皿を持つ煙草盆
      下に引き出しがついていることから、これはさほど深くないと思われるが、もっと深く作られた製品もあるのではないだろうか。
      波に千鳥という図柄も、煙草盆には積極的に使われている。
      関つとむ氏も著書の中で、底面の不思議な絵が鍵を握っているんじゃないかと書いている。
      介良周辺には金属の鋳造工場が数軒点在しており、現場の付近にも当時から存在していることがわかっている。

      導き出される仮説

      UFOによる不思議な現象を誰が目撃したかについて、わかっている範囲で整理してみると、圧倒的にS君、M君兄弟、K君の組み合わせが多い。(それ以外の少年が一緒にいた場面もあるが、多くはない)
      これに対しUFOに何かをしても反応がなかった時にはF君、H君、O君らが加わっている。父親に見せたり関つとむ氏のラジオに連絡したのもF君だ。
      誰と誰が何を目撃したのかという資料が今ひとつ正確ではないので、断定こそできないが、怪しむべき要素であろう。

      これらから推測した仮説はこうだ。
      UFOは和風な絵柄の金属製灰皿。最寄りの鋳造工場で作られたもの。
      UFOの底(灰皿なら上になる)の部分の穴は灰を捨てるためのもの。キセル用ではなく現代のタバコ用。
      銀色なのは着色前なのかそのまま製品になったのかわからない。
      田んぼに落ちていたのかどうかはわからないが、入手したそれがUFOに似ていることから一部の少年がいたずらを思いつき、友達をだました。(最初はだました側の少年達もその形状から小型UFOだと思っていたのかもしれない)
      消えたり飛んだりする不思議な現象は一部の少年達が見ている前でしか起こらないが、複数のだまし役が「この目で見た」と嘘を言うから子供心に信じてしまい、いつしか自分も見たような気になる。(手品が上手な少年によるトリックもあったかもしれない)
      写真が撮れなかったというのは、証拠を残さないために失敗したことにした。
      UFOに水を入れたりといった実験は、資料によってまちまちなこともあるので、誇張されていたり、後から尾ひれがついた偽情報も含まれているんじゃないだろうか。
      だまされた友達は信じ込み、騒ぎを大きくして大人を巻き込み始めた。
      そろそろまずいと思っただまし役の少年達は、UFOが消えたことにして事件を終わらせようとした。
      しかしだまされた方の少年達はそれでは収まらない。だまし役の少年達も今さら嘘だとは言えなくなり、集団妄想のような心理も働き、ついには関つとむ氏にまで連絡を取ってしまう。
      研究家が調べに来ても、だまされている少年達は本気で信じ込んでいるから、嘘をついているようには見えない。
      F君の母親が最後に見たというUFOは、赤と青の点滅という点からして飛行機の誤認が疑わしい。
      灰皿説がいつ頃から語られ始めたのかわからないが、UFO研究家やマスコミが近所の工場に確認したかどうかは手持ちの資料には記述がなかった。
      工場側も、仮に自分のところの製品だと知っていても「UFOなんてばかばかしい」と思ってわざわざ名乗りを上げることがなかったのかもしれない。それこそ「UFOなんて出た土地は地価が下がる」という大人の事情から無視をしたのかもしれない。

      ——ざっとこのようなことを推測してみたが、いかがだろうか。
      とは言えこれが真相だと決めつけず、今後も何か気づくことがあれば継続して調べていきたいと思う。

      西本健一氏の取材

      筆者(雅)は2016年に入り、ミリオン出版が2009年5月8日に発売した「日本“怪奇”大全」というコンビニ本にもこの事件のことが載っていることを知り、入手した。
      (コンビニ本なので名前や表紙を変えて同様の内容でいくつかの本が出ているらしく、2008年の本にも載っているらしい。)
      西本健一という方が現地を取材し執筆している。元少年の一人にも取材している。
      結論は当サイトと同様に、中心人物3人(M兄弟とK君)による嘘(不思議な現象が起きる時は決まってその3人が関わっている)だろうということであった。
      その背景には、人の流入による急激な人口増加と、高知市との合併に伴う地域格差が生じた事情があり、あまり裕福でない地元民であった子供達の「見返してやりたい」という思いがあったとしている。
      中心人物で隣町で兄弟で焼き鳥屋をやっているM君兄に電話し、ズバリ「あなたがやったことじゃないんですか?」と問うたところ、「まあ、昔のことじゃき、どうでもいいことぜよ」と一方的に電話を切られてしまったという。
      もっと詳しいことはぜひ本を取り寄せて読んでいただきたいが(古本でとても安い)、当時の社会事情がキーになっているようで、非常に興味深い。UFOの事件とはいえ、人間社会の事情とは決して切り離せないものなのだとあらためて痛感した。

      佐藤健寿氏(奇界遺産)の取材

      2016年5月3日にNHKラジオ第一放送で、介良事件について重要な放送があった。
      取材したのはオカルトサイトX.51を主宰し、写真集「奇界遺産」などを発表されているフォトグラファーの佐藤健寿氏。
      ラジオアドベンチャー奇界遺産 vol.2」として、奇界遺産をテーマにした番組の続編として放送された。
      佐藤氏が現地で関係者らに再取材を試みている。

      高知新聞記者

      後に高校教師になったF少年に25年後にインタビューした、報道部の大山氏。
      「今の科学では信じがたいが、真面目に話をしていたので、何か不思議体験をしたんだろうなということは感じた。」
      このインタビューは記事になった。

      後に教員になったF氏の教え子

      現在市役所勤務の森田さん(女性)。
      「社会の時間にUFOの話が始まり、教師のF氏が黒板に麦わら帽子のようなUFOの絵を描き、中に機械が見えたという話をする。
      生徒達は真剣に聞いていた。
      UFOを捕まえた先生として学校では有名で、すごく真面目な先生だった。
      UFOだったかどうかはわからないが、それらしきものは捕まえられたんじゃないか。」
      このF氏はもうお亡くなりになられているという。

      関つとむ氏

      関氏のアマチュア天文仲間の一人に高校教師がおり、その高校に少年達の1〜2名が入学してきた。
      その教師が「本当の話だったかどうか言うてみないか?」と尋ねたところ、中心人物の少年が「実は作り事だった」と答えたことを聞いたそうである。
      それによって関氏の中では解決したという認識だという。
      「徹夜で夜空を見ている自分達などは、正体がわからない現象は少ない。夜空を観察していない人達がUFOを見たという報告が多いので、考えさせられる。」
      「自分も戦時中に空に白い光を見て、落下傘か爆弾ではないかと騒ぎになったが、最近天文ソフトで当時の空を再現したところ、金星だったことがわかった。
      また、望遠鏡で薄明時の南の空に、皿のような白い物体が見えたことがあった。それは徐々に東に移動しており、天体ではない。10〜20分追跡して、正体がわからないまま夜が明けた。」

      元少年の藤原氏

      こちらもイニシャルはFだが、高校教師になったF氏とは別人である。
      藤原(ふじはら/苗字のみ実名で登場)氏はUFOが飛んでいるところは見ていないが、実物をさわってスケッチを描いている。
      「捕まえたというので部屋で見せてもらった。ちょっと重たい鋳物で、あまり仕上がりが良くないものに銀のスプレーを塗った感じ。その時は自分は騙されているんじゃないかという感覚はあった。」
      関氏の証言に対し、「あれが嘘だったと言ったというのは初めて聞いたが、それならそれが表に出てこないのが不思議だ。」
      「いまだ本当になんだったのかというのがある。友達は嘘をついていたのではないと思っている。自分の中では消化しきれないまま残っている。」

      付近の鋳物工場2軒

      現場至近の鋳物工場の従業員「うちの製品ではない。このサイズで1.5kgなら軽いのでアルミの鋳物ではないか。」
      現場から南に5kmほどのアルミを扱う工場代表の浜口氏「こういう物は見たことがない。アルミで作るのは大変。1.5kgならアルミだろう。アルミでも焼きを入れた硬いアルミだろう。作るなら10万くらいするので、子供がいたずらで作れるものじゃない。」

      佐藤氏の推測と、当人の証言

      佐藤氏は、いたずら心で友達をからかっているうちに話が大きくなり、後に引けなくなったのではないかと推測する。
      番組最後に、かたくなに取材拒否をする中心人物の元少年(M氏だろう)から、一言だけもらえた肉声を紹介している。
      「当時たしかにあった。それは間違いがない。」

      エンディングにはベン・E・キングのSTAND BY MEが象徴的に流された。

      ——関氏の証言は筆者も寡聞にして初耳であった。
      中心人物による告白が伝わってこなかったのは、関氏は天文家であるためUFO関連での取材は多くなく、また関氏も聞かれない限りは語らなかったためではないか。
      関氏は「いまだこの件に興味を持って訪れる人達が多い」と言っていたが、少なくとも近年、この件で関氏に取材をしてメディアで取り上げられたのはこの番組しか知らない。
      ネットがない時代は個人が調べたとしても情報共有は難しかったし、告白が事件数年後ということもあり、一部のメディアが取り上げたとしても扱いは大きくなかったろう。

      2014年のムーの取材でも中心人物のM氏は、「あれがホンマに起きたことは間違いない」と、真実を強調している。
      しかし言葉尻をとらえるようで申し訳ないが、事件が起きたことが本当でも、UFOが不思議な現象を起こしたことが本当かどうかは別である。
      UFO事件簿としては、西本氏、佐藤氏の取材、そして関氏の証言などから、UFO事件としては虚偽(HOAX)であったことが濃厚と推測する。
      しかし、それを信じる元少年達の気持ちもまたむげにはしたくない思いである。言うことが逆になるが、UFOとしてはナシでも、少年達にとって晩夏の事件/出来事があったことは確かなのだから。

      ASIOS本城氏の調査

      2017年6月9日放送のNHKBSプレミアム「幻解!超常ファイル」の中で、超常現象研究団体ASIOSの本城達也氏が探してきた、介良UFOにそっくりな南部鉄器の灰皿が公開された。
      NHK 幻解!超常ファイルより
      NHK 幻解!超常ファイルより
      NHK 幻解!超常ファイルより
      灰皿を疑いヤフーオークションで探していたところ、かなり似たものを発見したのだという。中央部分の模様こそ違うが、多くの点で似通っているので、介良UFO(の正体であろう灰皿)と同じ工場で作られた可能性は高いと思う。
      中央部分はリバーシブルになっており、裏返すとロゴマークが入っている。
      武陽信用金庫創立20周年記念と書かれているので、その線で調べれば製造元にたどり着けるかもしれない。
      ただしネットで調べる限り、武陽信金は事件前の1969年(昭和44年)に協立信用金庫と合併して西武信用金庫になっている。(いわゆる西武セゾングループとは無関係だという)
      また所在地も高知の方面ではなく、東京都昭島市、福生市など、東京西武地域であったようだ。

      西武信金の変遷(Wikipediaより)

      • 1939年(昭和14年)11月 - 野方信用組合発足。
      • 1948年(昭和23年)8月 - 福生町信用組合発足。
      • 1952年(昭和27年)11月 - 福生町信用組合、武陽信用金庫に改組。
      • 1953年(昭和28年)6月 - 野方信用組合、協立信用金庫に改組。
      • 1969年(昭和44年)6月 - 協立信用金庫と武陽信用金庫が合併し、西武信用金庫が発足。
      • 2002年(平成14年)9月 - 平成信用金庫(=渋谷信用金庫と東邦信用金庫が合併し設立)を合併。
      野方信組の発足時から計算した1959年(昭和34年)に作られたものと思われる。事件のかなり以前だ。
      この灰皿は南部鉄器として出品されていた。現在の南部鉄器は岩手県南部鉄器協同組合連合会の加盟業者によって作られている鉄器だそうだ。(Wikipediaより)
      日本各地で同様の鉄器が作られ、通称として南部鉄器と呼ばれていたことはないか? 当時の商標管理がいい加減だったのであればなおのこと。
      そもそも鑑定書か箱書きでもなければ本当の南部鉄器かどうかは、出品者の判断一つである。

      この灰皿と介良UFOが同じ工場で作られたのか否か。
      なぜ遠く離れた東京の会社と田舎の介良に存在したか。
      デザインが似ているのはなぜか。

      介良UFOの製造はいつか?

      同じメーカー/工場で作られていたとして、介良UFOが新品だったのなら、武陽信金のそれが作られた1959年以後も10年以上にわたって作られていたことになる。よほどヒットしたデザインならもっと似たようなものがオークションに出品されていそうだが、今のところ見つからない。

      本城氏が入手したのは表面が茶色に錆びているが、介良UFOは模型に見られるような銀色だった。
      元少年の藤原氏は「銀のスプレーを塗った感じ」と言っているので、10年近く前に作られたものをどこからか入手してきて、銀のスプレーを施したものではなかったか?
      今から60年近く前の製造になりそうなので、工場が現在も残っているかどうか、当時の資料や製品のラインナップをわかる人が健在かどうかとなると、難しいだろう。
      そのものズバリなデザインの灰皿が発見されるのが一番である。

      番組中で本城氏は「UFOが飛んだり消えたりしたという証言があるので、灰皿説だけでは解決できない」と極めて慎重な姿勢だった。
      当サイトにも書いたような少年達の虚言や集団心理の可能性も当然考えつつも、その確たる証拠が掴めていないということだろう。
      今後の調査に期待したい。

      参考資料

      10 件のコメント:

      1. この事件の中心人物の一人、S君とは仕事上の同僚だったことがありますが、じつに生真面目で嘘でものを言うタイプではありません。たまたま介良事件のことが話題に出た時、その子どもたちの1人が自分だと言うのを聞いてびっくりしました。ふつうに考えればここで言われているように、子どもたちのいたずら、作り話にしか思えないのですが、あのS君の言う事ならもしかしたらと信じる気持ちが起きないでもありません。

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        1. 番頭さんへ

          本人は嘘を言っているつもりはなくても、思い込みで事実と異なる事を言うこともあり得ると思います。
          例えるなら目の錯覚のようなもので、その方の人格とは関係なく、人間誰しも。
          しかしそう決まったわけでもないので、ご本人の証言を切り捨てていいものかどうかは、正直わかりません。
          あとは中心人物の少年(誰なのかはラジオ番組で語られていませんが)による「作り事だった」という告白をどう評価するかにもよると思います。

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        2. 確かに思い込みが強くて、事実と空想の区別が付かなくなるということは少年時代にはよくあることかもしれません。そういえば、作り事だと告白した方がいたという話はどこかで耳にしました。おそらく当人だけが事の真相を知りつつ、嘘を突き通してきたという可能性もあるでしょうね。それはそれで彼にとっては辛い歳月だったでしょう。

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        3. 騒ぎが大きくなってしまい、嘘(というか冗談や軽い気持ちのイタズラだったと思いますが)と言い出せなくなるケースは結構多いと思います。
          本人はもう触れたくなくてもメディアの取材に応じざるをえなかったり。事件を肯定的に捉える取材に対してはついリップサービスしてしまったりも?
          科学的にありえない超常現象事例において、真相にはすべて人が関わることなので(自然現象を人が誤認したなどというのも含め)、関わった人について調べるのは重要だと思います。

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      2. 2017年5月のNHKの栗山さんの番組で、このUFoと酷似の南部鉄器のたばこ灰皿が紹介されました。自分もこのUFO事件がニセモノという認識をもちました。カメラの撮影など、中学生にしては余りにもズサンな取り組みです。いくら田舎でもこんな観察では小学生以下の行動ではないでしょうか?

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        1. 管理者の雅です。
          仮に本物がASIOS本城さんが探してきたあの灰皿と全く同じものだったとしたら、たしかに杜撰でバレバレなものだったのかもしれません。
          しかし45年前に子供たちを騙し、大人たちを騙し、今に至るまで騙し続けてる(信じてる人がいるようですし)し、完璧な証拠が見つけられないのは興味深いものです。

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      3. 9月15日について、登校前に見に来たとされていますが、1972年9月15日(金曜日)は当時、敬老の日で祝日です。体育祭はこの時期で、2017年は9月18日(月曜日、祝日)に実施されていますが、そういった話が何もないのも不思議です

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        1. 管理人の雅です。

          15日は資料に「学校に行っている間の記述がない」くらいなので、早朝にUFOを見に行ったのを情報元の方で「登校前」と推測して書いていたのかもしれません。
          元資料がどこからだったかは忘れましたが、全ては少年達の記憶にもとづいているので、最初期の取材資料であっても細かな情報の正確性はそれほど高くないと思いますし、この事件の場合は日付の絶対的正確性よりは、何が起きた時に誰と誰が現場にいて目撃したのかの方がより重要だと思います。
          むろんより正確と思われる日時の情報を今後目にすることがあれば、順次修正していくつもりです。
          体育祭の件は、その間にUFOを捕まえてタンスにしまっていたとかがなければ、話に出てこないのも不思議じゃないと思います。

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      4. その当時特番を見ていたものですが、はっきりと言えるのは物体の外装は絶対に灰皿かそれを模した物
        ということです。なぜならテレビを見ている目の前にUFOと全く同じ形の灰皿があったからです。
        灰皿現物はその当時番組を見ていた埼玉の叔母の家にあり、残念ながら廃棄されてしまいましたが、番組を見ながらUFOと全く同じ特徴を持つ灰皿を目の前にして奇妙な感覚になったことを強烈に覚えております。
        灰皿はローテーブル用の灰皿で、南部鉄器ではなくステンレス製と思われ、重量感があり上部蓋の部分には波と千鳥の文様がありました。UFOと違うのは穴のサイズで紙巻き煙草がちょうど落ちるサイズの穴が4×4または5×5の配列で開いていたと記憶しております。造形はシャープでまさに番組で紹介されたUFOそのものであったと記憶しております。長年心に引っかかっていたことをつい吐露してしまい失礼致しました。

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        1. 雅@運営者です

          情報を寄せていただき、どうもありがとうございます。
          こういう情報を待っていました。

          廃棄されてしまったのは残念ですが、入手先(市販されていたものなのか、どこからかもらったものなのか…など)の記憶はないでしょうか。
          帽子で言うつばのような部分が大きいので、あれ単体でなく、台座になるものに収めて使われると思うんですが、そういった使われ方で良かったでしょうか? もし写真でも残っていれば興味深いのですが。
          少年達のスケッチでは穴が放射状もしくは同心円状に空いていた点が、ご記憶と若干異なる点ですね。

          事件はもう46年ほど前になるので、猪木対蟻さんも幼かったと思います。当時おいくつぐらいでしたでしょうか? 自分はようやく2歳になった程度で、物心ついていませんでした^^;
          今後またお気付きの点などありましたら、こちらか、上部メニューから入る「談話室」などにお寄せいただけると幸いです。

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