モーリー島事件

1947年6月21日/アメリカ/ワシントン州モーリー島
Maury island, Washington, USA

概要

事件のイメージイラスト
UFOが上空から奇妙な物体をまき散らす。
有名なケネス・アーノルド事件の3日前に起こった奇妙な事件。

詳細

ダールという男が、2人の乗組員と彼の息子、そして飼い犬の4人と一匹で、モーリー島に近い海上を巡視船でパトロールしていたところ、雲の間から突然6機のドーナツ型のUFOが現れ、船に近づいてきた。
気球の編隊かと思ったが、1機は故障している様子で、動きが不安定だった。他の5機は故障した1機のまわりを心配そうに旋回していた。
旋回していたうちの1機が故障機と接触しそうになるまで近づくと、低い爆発音とともに故障機の中心部からきらきらと光る白い金属片が放出された。それが終わると今度は溶岩のような黒い物質が放出された。物質は海上に着水するとシューシューと水蒸気をあげた。
ダールは危険を感じてモーリー島の海岸に避難した。
6機のUFOが高度を上げて飛び去った後、ダールはモーリー島の海岸に散乱する黒い物質を拾い、タコマの港へ帰った。

MIB登場!?

翌朝ダールのもとに見知らぬ黒ずくめの男が一人訪れ、「昨日見たことを決して他言してはいけない。これはあなたのためである」と言い残して去って行った。

ケネス・アーノルドへの接触

混乱したダールは、ケネス・アーノルド事件を知り、約1か月後の7月末にアーノルドに宛てて手紙を書いた。
「自分はかつて円盤を見たことがあり、今回の事件の真相についてなにがしかの情報を提供できるかもしれない」

ダールからの手紙を受け取ったアーノルドは、半信半疑ではあったが彼と会って話を聞き、モーリー島に出かけたところ、海岸で同じ金属片を拾うことに成功した。
そしてダールが目撃したのと同じUFOが上空を旋回しているのを目撃することとなった。

アーノルドは友人である空軍のスミス大尉と本格的な調査を行った。
しかし金属片の正体はチューブ(何のチューブ?)に使われるライニング(腐食、摩耗防止用の被覆らしい)、そして大型軍用機のアルミニウムであることがわかった。
不可解な結末

アーノルドは空軍情報担当官とともにダールに再会したが、担当官の姿を見たダールは急にとぼけるような態度をとり出し、事件はいたずらだとほのめかすようになった。
納得の行かない二人が帰ろうとしたところ、ダールの上司のクリスマンが別な金属片を持って現れた。二人はこれを預かって分析に回すことにした。
B-52(同型機)
しかし不幸なことに、この金属片を運んでいたB-25型爆撃機が謎の墜落を起こしてしまった。金属片を管理していた将校は脱出したものの亡くなり、軍の発表でも金属片について触れられることなく、所在が不明になってしまった。
墜落の原因は「重要ファイルの輸送を察知したスパイによるもの」ということだった。
そしてダールもクリスマンも姿を消し、関係者も証拠も無くなるという不可解なことになってしまった。

現場周辺地図


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考察

難しく考えようとすれば、ダールをはじめとした関係者が口封じされ、真相が闇に葬られたかのように見える。
しかしはっきりした目撃証言をしたのはダール一人だけで、他の乗組員の実在さえ怪しい。

B-25の墜落による金属片の紛失は残念だ。
スパイによって爆破されたのかどうかなど詳しいことはわからないが、偶然にしてはタイミングが良すぎるという見方も当然できよう。単なる偶然なのか否かはよく調べないとわからない。
金属片の所在がわからなくなったことについては、どれほど軍が正式に関わっていたかにもよろう。
仮にアーノルドの友人経由で依頼された「ついで」の輸送であれば、きちんとした管理もされていなかったろう。
仮に墜落による紛失がなくても、金属片がUFOの存在を示す証拠になったかどうかは、また別の話だ。
  • 確認できた目撃者はダール一人で、その後失踪
  • 物的証拠と見られた金属片は怪しいものではなかった
  • 軍の正式な調査にダールが態度を豹変させる
  • クリスマンの金属片も怪しいものかどうかは不明
これだけの否定に足る理由があるのだから、ダールによる狂言に、アーノルドおよび軍が乗せられたと考えるのが最も有力な説ではないか。
アーノルド事件が報道されてから、「自分も空飛ぶ円盤を見たことがある」という人達が数多く現れたのだから、これもその一例だと思う。

参考資料

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