ジョージ・アダムスキー

1952年11月20日〜/アメリカ/アリゾナ州
Arizona, USA

概要

ジョージ・アダムスキー
アメリカの砂漠で美しい金星人オーソンとコンタクトしたとして有名になったアダムスキー。
代名詞とも言える特徴的なアダムスキー円盤も有名だ。
しかし、このもっとも有名なコンタクティはカルト宗教の教祖だった。

詳細

金星人の男性との出会い

1952年11月20日、新興宗教団体「ロイヤル・オーダー・オブ・チベット」の教祖であったジョージ・アダムスキー(George Adamski)は、カリフォルニア州とアリゾナ州の州境にある砂漠地帯で、仲間達とともにUFOと遭遇、着陸したUFOから現れた美しい姿の金星人の男とテレパシーで会話をした。金星人は「核爆発の危険性を調査するために地球に来た」と言った。
いわゆるアダムスキー型円盤
金星人は写真撮影を拒み、先ほどアダムスキーがUFOを撮影したネガホルダーを要求し、それを持ってUFOに乗り込み去って行った。
この事件はすぐに新聞報道され、世間に衝撃を与えた。

金星人の男性オーソンを描いた絵
その3週間後の12月13日、アダムスキーの住むパロマー・ガーデンズ上空に再びUFOが出現し、これを写真に収めた。UFOは先日のネガホルダーを落としていった。このネガを現像すると、撮影したUFOの代わりに奇妙な記号や文字が写されていた。(図4)

ネガに写っていたとされる図形

宇宙人達との再会

1953年2月18日、ロサンゼルスのホテルに宿泊中、夜更けのロビーに突然二人の男が現れ、火星人と土星人だと名乗った。二人に連れられ、車で砂漠まで行き、先日の金星人と再会した。
アダムスキーは彼らに仮の名前を付け、金星人をオーソン、火星人をファーコン、土星人をラミューと呼んだ。
アダムスキーは宇宙人達に誘われるままUFOでの宇宙旅行に赴いた。 その後も何度も宇宙旅行を体験し、「月には大気があり、人間と動植物が暮らしている」、「金星の厚い雲の下には都市があり、金星人の寿命は1,000年にもなる」などということを発表した。

考察

読んでおわかりのとおり、アダムスキーの語ることは荒唐無稽なことばかりだ。当時よりまともな研究家からは相手にされていない。

1952年11月20日のコンタクト時も、途中までは仲間が同行していたが、その内の一人アル・ベイリーによると、最後はアダムスキー一人で峡谷に入って行き、自分達はその間UFOなどは何も見なかったという。

月や金星、土星にまでも人が住んでいるというのはあまりにひどい。「太陽は熱くない」などと言ったのもこの人なんだとか。

宇宙人の宇宙船で月や火星、金星などを訪れるという話は、1949年に自分が書いたSF小説「宇宙のパイオニア」の内容にそっくりであった。
いわゆるアダムスキー型円盤の写真も、単純なトリック写真であることが明らかにされている。

ネガに写っていた図形も、ドイツの考古学者が1949〜1950年にブラジルで発見した岩に刻まれた古代文字と同じであり、それは新聞報道もされていたものだった。(本によっては古代文字の発見の方が後であるというものもあったが)

オーソンのモデルは映画?

映画「地球の静止する日」に登場する宇宙人クラートゥ(右)と、ロボットのゴート
二人が乗っているのは帽子型のUFOだ。オーソンの姿や衣装については、映画「地球の静止する日」(the Day the earth stood still/1951年/アメリカ)に登場した宇宙人クラートゥを真似たのではないかとも言われている。
クラートゥは地球の核兵器について警告を与えに来た友好的な宇宙人だ。こういった「友好的な宇宙人から核兵器の危険や平和について諭される」といったストーリーも、その後の多くのコンタクティ達が継承しているようだ。

UFOコンタクティー(を自称する人)の中では最も有名なため、現在も彼を狂信する人達が全世界にいるが、その正体は単なるカルト宗教の教祖なのである。

参考資料


  • 学研・世界UFO大百科復刻版(ムー特別編集)
  • 洋泉社・トンデモUFO入門(と学会・山本弘、皆神龍太郎、志水一夫)
  • 宝島社・トンデモ超常現象99の謎(と学会・山本弘、皆神龍太郎、志水一夫)
  • 山本弘のSF秘密基地/インチキUFO写真展(山本弘)
  • 20世紀フォックス・映画「地球の静止する日」(ロバート・ワイズ監督)

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